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「牛」 人類と歩んで9000年 東大総合研究博物館・遠藤秀紀教授に聞く
2009(平成21)年は丑年。
ステーキなどの食用でもなじみの深い牛は、家畜として約9000年前の昔から人類とともに歩んできたが、
科学の進歩は両者の関係を少しずつ変えてきたという。
干支(えと)にちなみ、牛の生態や歴史について、動物学者で東大総合研究博物館の遠藤秀紀教授(43)に聞いた。

                   ◇

 ■反芻胃により発展

牛が属する偶蹄目(ぐうていもく)は、四肢に偶数の蹄(ひづめ)を持つ哺乳(ほにゅう)類。牛のほかシカやキリン、イノシシの仲間も含まれる。

中でも牛は反芻(はんすう)亜目ウシ科に所属するバイソンやスイギュウの仲間。
なじみの深い「ホルスタイン」など家畜の祖先は、原牛(オーロックス)と呼ばれるウシ科ウシ亜科ウシ属の一種だ。

偶蹄目が繁栄し始めたのは2000万年ほど前。
野生の馬やサイが絶滅の危機に瀕(ひん)する中、偶蹄目が大発展をとげたのは、一部が持つ「反芻胃」と呼ばれる胃の構造のおかげだった。

反芻胃は4つに分かれており、第1胃と第2胃で微生物などの助けを借りながら植物を分解する。
その際に、微生物が代謝過程で発生させる脂肪酸などを栄養分として取ることができる。
第3胃では水分や無機質を吸収、第4胃では微生物自体を死滅させ、消化するメカニズムを持つ。

大きな胃袋は食料の貯蔵能力にも優れ、安全な場所で植物を確保できれば、食事と外敵から身を守ることを分離できる利点があったという。

また、牛は草を食べる際に舌を使って根こそぎ口に運ぶことで効率よく食料を採取。
肉食獣から身を守るために、足先を細くして走る際の負荷を軽減するなどして、四肢を走ることに特化させてきたのだ。

こうして生き延びた野生の牛を人間は長きにわたり捕獲し、食料としてきた歴史がある。

 ■家畜化の起源はトルコ

人間は、食用として捕獲した野生の牛について経験上、さまざまなことを学んだ。
気性が荒くなくしつけができること、背中に荷物や物を乗せると運べること…。

食肉や牛乳などの食料の確保以外にも、農耕などでの畜力として利用することができることに気づいたのだ。

そして、牛の家畜化がはじまる。遠藤教授は「昔は畜力と食料とを明確に分けず、働かせて食べる考え方だったはず」と推測する。

家畜化の起源とされるトルコでは、大昔は牛ではなく、同じウシ科のガゼルの仲間を食料としていた。

しかし、9000年前ごろの遺跡からは、ガゼルに代わってオーロックスの骨の出土が目立つ。
「このころから家畜として飼育し、食料とした説得力ある証拠」と遠藤教授はみる。

家畜化が進む中、野生の牛は、1627年にポーランドで確認されたのを最後に姿を消す。
欧州が近代化、都市化していく中で狩猟により絶滅していったのだ。

家畜の牛が本格的に食用になったのは18世紀後半ごろ。産業が発展するのにともない、「牛乳」や「牛肉」といった目的別に育てられた。
その“進化”の結果、現在の「ホルスタイン」は年間2万キロもの乳量を出すようになり、肉牛では筋繊維に脂肪が混じる「霜降り」まで作られるようになった。

「家畜が改良されていく過程は、進化ではなく育種や淘汰(とうた)にあたる。中でも霜降りは、本来ある筋肉の正しい状態とはいえないところまできた」と遠藤教授は話

す。

 ■均一化への危惧

今後も育種が進む中で、牛の遺伝子が均一化に向かうことを危惧(きぐ)する声もある。

日本でも、人工授精の普及により優良種を選抜するため、200万頭いるホルスタインのうち、父親はわずか約200頭。
同様に卵子の選抜も行われれば、急速に育種が進むという。

遺伝子操作やクローン技術がさらに発展する可能性もあるが、遠藤教授は「遺伝子が均一化すれば、新種の病気が発生した場合に壊滅的な被害を受ける可能性がある。多様

性のある個体や細胞を維持していかなければいけない」と警鐘を鳴らしている。

                   ◇

 ■弥生中期に家畜化、和牛は200種類に

日本で牛が家畜化されたのは弥生時代中期とみられ、朝鮮半島を経由して、渡来人とともに入ってきたという。
化石の多くが5世紀後半から6世紀の地層から出土していることから、このころには一般化していたとみられる。
その後、日本の牛は海外の品種と接点を持たず、「在来牛」として繁栄してきた。

日本でも、それ以前には野生の牛が生息しており、岩手県一関市花泉町では約1万5000年前の野生の牛の化石が見つかっている。
「ハナイズミモリウシ」と名付けられた。
この牛はバイソンの仲間で、現在の家畜の牛とはつながらないとされる。

在来牛は、現在主に見られる「ホルスタイン」などと比べて小さく、腰回りが小さいのが特徴。
仏教などの影響で、日本でもたびたび食肉禁止令が出され、江戸時代などには、牛の肉は薬餌とされてきた。

日本で品種改良が進んだのは、明治時代に入ってから。
陸海軍で肉食が採用され、一気に普及したことから農商務省は明治33年、種牛改良調査会を設置。
在来牛に外国品種を掛け合わせ、雑種が次々と生み出された。

明治36年に発行された「種牛圖譜(ずふ)」には、和牛改良に用いられた11外国品種が初めて紹介されたほか、「但馬」と「出雲」の2種の和牛も描かれた。

現在、肉用の和牛品種は「黒毛和種」「褐毛和種」「無角和種」「日本短角種」の4種が登録されており、うち黒毛和種が全体の9割を占める。

一方で、在来牛は離島にだけ残り、見島(山口県萩市)の「見島牛」と口之島(鹿児島県十島村)の「口之島牛」のみ。
国指定天然記念物の見島牛は、昭和50年に約30頭にまで減少したが、約100頭まで戻してきた。

見島牛保存会の多田一馬会長(60)は「近親交配などで健康面の問題もあるが、絶対になくせない」という。口之島牛は人が飼育していた在来牛が島南部で再野生化し

ている。

和牛品種の中でも、「松阪牛」や「神戸牛」などブランドを名乗る牛肉は昭和50年代から増え始め、今では約200種類にもなる。
「牛の博物館」(岩手県奥州市前沢区)の黒沢弥悦主任学芸員(55)は「第二次世界大戦中に生産していた馬を軍馬にとられた農家が、稲作用の堆肥(たいひ)をとるために牛の生産を始めたところも多い」と分析する。



明けましておめでとうございます。
今年度もどうぞよろしくお願いいたします。

今年は丑年。

ちょっとウシにまつわる記事があがっていたので、なるほどなるほど、と。

ウシの胃が他種を凌ぐ進化や種別と繁栄していったというのは図鑑で読んだ事があるのだけど、
どういう経緯で家畜化、また、日本国内、戦後そして、現在となったかが書かれており、とても良い文ですね。

しかも、分かりやすい。

現在の生活に欠かせない牛肉。
また、個人的にも牛肉もスキなので、これは興味深い話でしたね。

そういう経緯を想って、今後も食そう。

■http://idolhappiness.web.fc2.com/hoppy.html

テーマ:環境問題 - ジャンル:ニュース



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